ちょっとだけ読み返してたけど、自分の日記なせいで分かるように書いてないから、お前何を言ってんだよって思いながら読んでました。熱量ある頃の日記はまだ燃えてて火をくれるから見返すのが大事。
2018年末くらいからペース落ちたので、その辺の今日は何してたかな。
青八木がもしかしたら人が傷つくところを見て無口になったのではないかと仮定してました。
ずっと思ってた。安易に発言してはいけない、誰かを傷つけるんじゃないかって思ってた。
そういう失言をしたわけじゃない。誰かが誰かを傷つけるのを見た時に、俺はなんて言おうと迷ってからは言葉が浮かばなくなった。
その誰かは厚意で言った。でも相手はそう受け取らなかった。良かれと思ってもすれ違うことがあるって知った。
我が身に降り掛かったことじゃないのに、その場面を見た時に思ったんだ。俺はなんて言えば良いんだろう。ことば。
それから言葉を飲み込むようになってしまった。大人しい方ではあったけど、ここまで躊躇してしまうようになると、すっかり地味に埋もれてしまう。それで段々と、前に出ることを臆するようになった。
ただし、そのせいか、競技で一番になることを欲するようになった。前に、前に。言えないならせめて己自身だけは前にと。
どうしてそうなったかは分からない。俺は名前も一だし、一番になることを目標にしてもいいんじゃないかと思った。正々堂々と体で戦うなら、言葉は気にしなくていい。ほんの少しの逃げだとは思ってた。でも、それで誰かを傷つけることは、自分が許さなかった。
手嶋はとてもよく喋る。言葉に躊躇することがないし、正直に真っ直ぐな言葉を吐く。それで俺が何か気にしたりするようなら、後で確認してくる。
そうだ、訂正ができるんだ、言葉は。そのつもりではなかったと言葉を尽くして伝えることができる。
じゃないと本当のことは伝わらないじゃないか。何故こんなことが今まで分からなかったのか。手嶋が自然と示してくれる言葉の使い方を聞いていると、これまでためらっていたのが愚かなことだと思った。
だからといってすぐにはお喋りにはなれない。大事な言葉があるというのも、手嶋のお喋りから知った。あいつは、励ます言葉をよく知っているし、効果的な言葉、良い言葉、人を惑わす言葉もよく知っている。巧みだ。
俺はそこまで器用になれないけど、じゃあ大事な言葉を選ぶようにしようって、前向きに考えられるようになった。田所さんも明るくてためらわない方で、でもいつも良いことを教えてくれるし、正確に伝えてくれる。
そう、俺は高校生になってやっと、皆は正しいことをしようとしているって分かった。変に考えすぎずに真っ当に意見交換をしている。たまたま環境が良かったのかもしれないが、あの時誰かが傷ついた、という傷を癒やすには十分な環境だった。
誰しも自分の心で話している。相手の心を捉えすぎずに、言葉をかわして確かめている。手嶋がたくさん話してくるのもそう。俺はすぐにそうできないから、なんて言ってるのかをちゃんと聞こうとしてじっと目を見るようになった。
昔は逸らしてばかりだった視線を固定する。一度それが癖になると、まるで戒めるように感じられるとたまに言われるぐらいに、覗きこむようになってしまった。そのつもりはなかったから少し焦っている。
俺はどうも極端だ。ゼロかイチしかないのかもしれない。喋らないことを選んでしまったり、それを越えてからはじっと見定めるようにしたり。本当、極端だ。
一番を目指したことだって極端だ。でもそうしたくなったのだから仕方ない。言葉のかわりに求めた一番は、ずっと俺の目標になった。
だから、手嶋が俺を一番にした時、驚いた。こんなあっさりと。本当に。嘘みたいだ。一番ってこんな、与えられるものなのか。奪うものじゃなく。
戦って得るものであるとは思ってた。でもそれは言葉以外で相手を抜いていく勝負だった。体がぶつかり合うことだと。それを手嶋は言葉で操って、もたらした。
こんな戦い方があるのかと最初は愕然とした。俺が知らなかったことを手嶋はたくさん知っていて、分け与えてくれた。その力でもって一番をくれた。
魔法使いだ。
すごい。
あんまり驚いたから、これは俺のじゃない、手嶋の一番だって思った。でも手嶋は、俺たちの一番だって。
分けてくれる。チームだから。一人でがむしゃらに走ってきたのと違ってこれは、仲間だって。
仲間を教えてくれたのも手嶋だった。たくさん、たくさん二人で走って、勉強して息を合わせるチーム。チームで走るということを本当に実感させてくれたのは手嶋だった。
ああ……、俺は一体何をどうやって手嶋に返せるんだろう。
日々を重ねてますます惹かれる。お前は、すごい。すごい奴だって、皆に知らせたい。でも俺の言葉は、全部を語れない。すごいんだっていうことしか言えない。それは確かな真実だから。
いつしか俺は、俺の言葉は、手嶋がすごいということを伝えたいだけのものになった。そのためには俺がしっかりとして、俺よりすごい奴なんだって体現するのも必要だって思えた。
手嶋を讃えたいことが、自分の成長にまで影響するなんて、極端じゃないかってまた思い返した。俺は極端だなって。そういう人間なんだなと分かった。
ゼロとイチ。
ならばイチしかない。
全力を手嶋にあげる。
与えられたように、俺の全部を手嶋に。純太に。
決意から、純太と呼ぶようになった。