一泊の簡易キャンプで純太が小さなテントを担いで登り、俺はその他の軽いとはいえども金属のアウトドア調理グッズをサイドバッグに、山腹のキャンプ場に着いた。 ここまで山奥なら盗難の心配もなく、自転車はその辺に立てかけて、この後食事の用意。近くに川は無いから、キャンプ場の洗い場を使う。一応ぜんぶ調理器具を洗って、その辺の台に置いた。 純太が小分けに持っていた食料はパック物が多く、唯一鍋ラーメンが料理と言える物だった。 「さすがにここで本格的に作るには、自転車では持ってこれねえな」 持てるものをいくら軽量化したって制限はある。本格的にするならいつか車の免許でも取った時になるだろう。今はこんなおままごとのように、インスタントが精一杯だ。 山頂ではないけども、空気が澄んでいて気持ちいい。木々のせいで湿度が高く、そろそろ肌寒い季節になろうとしてるのに、少し動くと汗ばんでくる。しかしそれも、冷たい空気がさらっていく。夜は冷えそうだ。 日が暮れて、まだ多分時計を見れば夕方と思える時間だろう。でも山の中では時間は関係ない。明かりがあるかないか。それが重要だ。 小さなランタンの灯火を少し落として、空を見るようにシートに寝転んだ。キャンプ場の土は踏み固められてはいるが、道路よりは柔らかい。かつ温かい。背中に感じるのはそれほど硬い感触ではなかった。 「純太は星座わかるのか?」 「んー、あんまり?」 せいぜい月の満ち欠けぐらいしかわかんねえなと言いつつも、まだ夏の大三角が見えると目ざとく見つけた。俺にはどれだかさっぱりだ。 チカチカと都会より光る星はきれいだ。 慎ましやかに主張する。 大きめの惑星よりも遠く恒星の自ずからの輝きは、尖って刺さりそうなのが繊細できれいだ。 星だと言われたと、純太が言っていた。そうだな、少し似合うかもしれない。細くて繊細なところとか、光を放っているところとか。 満月をここで見るとは思わなかった。それが、そもそもの目的だった。暗いキャンプ場、利用者は他にいなくて時折どこかで何かが落ちる音がする。コソリと小動物の動きもあるのだろう。それでも静か。 虫の音が騒がしいかと思ったが、さほどでもない。 慣れるとシンと響くような静寂におちいる。 そこに満月の光は、太陽を得たように明るすぎるほどだ。 「すごく明るい」 「だなあ、真っ暗になるかと思ったけど全然見えるかも」 「キャンプ、初めて?」 「ああ、初めてだ」 あれほどアウトドアグッズを持っていながら、山で泊まるのは初めてらしい。河川敷で色々調理して慣らしてたそうだ。そこにあるテントも、一人用の簡素なものだけど、取り回しがよくて多分そこそこ高い。 「お前はあんの?」 「子供の頃、父さんとたまに来た」 「おー、経験者」 「特になにも知らない」 全くのサバイバルでもないのだから別に、少しマナーなどを気にして自然に触れることが大事だと教わった。幼いころは動物の物音にずいぶん怯えたが、今は不思議と安心すらする。ここに生きているものと音を交わす。心地良いコミュニケーションだ。 それだからこそ、純太が語る言葉の音だけを聞いている時がある。最初の頃は特にそうだった。一生懸命話しかけてくれるこれは、好ましい音をしていると思った。だからだんだんと打ち解けて……。 付き合うことになるとは思わなかったが。 「今、何時だ……、20時!?」 「けっこう遅いな」 「遅い? やけに眠いのにまだこんな時間って思ったけど」 「山だと遅いほうだ」 「夜中?」 「うん、もう寝よう」 起き上がってランタンを手に立ち上がると、純太は座ったままシートを端から折り返していた。また朝使うかもしれないし、適当でいいと言ったら、経験者とからかわれた。 テントになんとか入り込んで、狭いから純太は丸まって横になってる。薄手の寝袋に足を入れてるけど、上半身は完全に出ている。上着でかなり断熱できるから、多分大丈夫だろう。 向き合うように横になった。 誰もいないのにやることやらなくていいのかってニヤニヤしてる。 しないのを分かっていて、テンションだけでからかってくるから軽く頭突きした。 「してもいいけど面倒なことになる」 「シャワーなんかもないもんな」 「川もない」 「あったらすんのかよ」 「しない」 さすがに可笑しかったから、ちょっと想像して笑った。 「良いテントだ」 「だろ、ギリ二人いけると思って」 「……ん?」 「ん?」 「そのために?」 「あ、ああ……、お前と行けるだろ?」 「全然そんな話してなかった」 「んーでも、誘ったら来るだろ?」 「ああ……」 俺と行くために買ったと何気なく当たり前のように言った。 行ったこともないキャンプを、二人でしたくて買ったんだ。 可愛い……。 慎ましやかに主張する。山の中、二人でいると特に純太の心のきらめきが手に取るようにわかる。 灯りは落として真っ暗なのに、テント越しにほんのり薄く光る月で、嬉しそうな表情がわかる。また来れると語っている。 何を話していたか一瞬で忘れた。 「……おやすみ」 「ん、おやすみ」 寄って肩を軽く抱いて、頭をくっつけた。なんとか眠れる程度の土の上、小さくまとまって寄り添うテントの中に星が光っている。 |