『Care killed a cat.』

 


私は自分の能力がNEXT所以のものなのかは知らなかった。
ただ臨終前の苦しみを和らげるそういう効果があることは知っていた。

まだ子供と言える頃に両親を相次いで亡くした。
子供がいなかった親戚に世話になって良い学校も出してもらい
私は看護師になった。
それから何か薄々おかしいことに気付いた。
亡くなる患者の手をぐっとにぎると表情が穏やかになり
すうーっと長い息をついて亡くなる。
患者の家族が泣きながらも『苦しまなくてよかった』と礼を言う。
そんな偶然が多くて、あまりにも、多すぎたのでおかしいと思い始めた。
ああ、そうだ。父も母も私の手を握り返し穏やかに死んでいった。
私はそれに随分と救われた

この能力が悪いことか良いことか・自分に影響はないか、
それだけ考えて追求するのをやめた。
どうやら自分に影響はないし、おそらく良いことである。
能力が何なのかなんて情報は要らない。十分だ。

都市シュテルンビルト、NEXT能力を使って街の平和を守る
スーパーヒーローがいる街。



同僚には影で『死神』と呼ばれている。
何かがおかしいことに気付いたのは私一人ではなく、
一緒に働く者には当然疑念を抱く機会が多かった。
私が自覚してからという物、努めて患者の手を握るようにしていたのも
気付かれる要素ではあったが、私も隠そうとはしなかった。
元来コミュニケーション下手で必要以上に相手を威嚇してしまう。
私の体が大きい、つまり少し体重が多いのと、
自分でも厄介だと思っている頑固さのせいで、
ちょっとプライドの高い相手には目の敵にされる。
いつものことだが、そんな彼女らが私を『死神』と噂するようになった。
私も却って意地になり顔を合わせるとフンと逸らす有様だった。
何も別に、彼女らに認められたいわけじゃない。

「やあ、エンジェルさん」
「おはようございますドクター」
風変わりなドクターは私を愛称で呼ぶ。誰も言いもしないエンジェル。
こんな体のでかい、黒い、つんつんした女をよくもエンジェルと名付けた。
私はまだ死神のほうがしっくりくる。
却って嫌味というものだが、彼には悪気がない。
病院にエンジェルがいるなんて素晴らしいじゃないかと周囲に話すも、
愛想笑いが返るだけの反応に彼はいつも肩をすくめていた。

私の妙な力のことはこの二年ほどで院内に知れ渡っていた。
NEXT能力の検査はしないのかと声を掛けてきたり、
科学的根拠を問うてきて一方的に侮辱するような人までいたり、
だんだんにやりにくさは感じていた。
何とかしなければいけないのか迷ったが、
臨終の苦しみが和らぐ、
これが何の迷惑になるのだという思いが沸々とわいてきて
頑固さでもって何も調べず、関係改善努力もしないでいた。
言いたい奴は勝手に言ってろ!
内心かなりのストレスになっていたのは自覚できていなかった。



「エンジェルさん」
「なんでしょう?」
にこにこと締まらない笑顔のひょろっちいドクター。
「エンジェルさんはどうして能力検査に行かないの?」
「ええ、だって、必要がないんです」
「必要?」
「要らないでしょう。回復するならともかく、彼らは死んでいくんです。
 死神はヒーローにはなれません」
そこで軽く会釈して会話を切ろうとしたがドクターはまだ話しかけてくる。
「エンジェルさん、それはもしかしたらNEXTの能力じゃないかもしれない」
何を言ってるのこの人は、と思った。
自分では特殊な能力以外に有り得ないと思っていたからだ。
つまり検査などせずとも、これはNEXT能力であると信じきっていた。
「僕は、ぼくだってある。似たような力が」
私は呆れたような驚いたような、馬鹿にするような表情を隠せなかった。

入院棟の廊下の端、どん詰まりが全てガラスのそこから
明るい陽射しが私の脛を刺している。
生温い、病院独特の空気。
光の筋にほこりがキラキラと舞っている中にドクターのにこにこ笑顔。
やだ、胡散臭いわ……。
「僕もあるよ。患者さんを一目見て、顔色発汗、震え肉付き、
 呼吸で上下する肩や白目の色、背筋の曲がり具合、
 色々ひと目で見てああこの人はあの病気だなってわかるよ」
「それは、ドクターの仕事でしょう?」
「最初からわかるわけじゃない。僕はこの能力を習得したんだ。
 エンジェルさんももしかしたら天才的に、その能力を習得したんだよ」
「馬鹿なことを……」
「単にね、才能だと思うんだよ僕は」
特別な能力じゃなくてね、と言ってひとまず満足したらしかった。
フンと分かったような分からないような気分で眉をきゅっと持ち上げ
それはどうもと言ってドクターとわかれた。
物好きな人もいるのねと、少しウキウキする胸がくすぐったかった。

まあドクターを立てるとすれば、私は死神ともヒーローとも言えないただの人かもね。






end.






 

20110715