『今より先』えっち未遂

 


「さすがにさ……、その……、アレ以上はヤバイ気がすんだよ……」
 隣に立ってる青八木はまだ判断がつかないのか聞いてるだけ。

 外で二人で話せる場所ってあんまりなくて、校舎の裏手から町を見下ろす。この学校は丘の上にある。屋上に上がれば分かる、思ったより空が広く見晴らしも良い。校舎の周りは見通せる方が防犯になるのか、フェンスで囲まれている。すぐ外は崖みたいなもんだから脱走する生徒もおらず壁は築かれていない。
 だからここからも良い景色。
 冬の薄い色した空と、屋根瓦がキラキラ反射する町並み。ちょっと通りから逸れると意外と田舎なんだよな。
 それを眺めながら壁を背に、ナイショ話をする。二人共もたれて並んだまま顔を見ずに話すのは、恥ずかしすぎるから。

「今、の先は、やめた方が良いのか?」
「ん、うん……、多分まだ」
 今が何かってセックスの段階のことだ。
 恥ずかしいだろ。 

 どこまでしてるかっていうと、お互い脱がせて、手で擦り合う、いや擦り合わせるというか。いや、詳しくはいい……そこまでは来てるんだけど、その先ってどっちかがその体を……、はっきり言えばケツを犠牲にすることになる。
 今までの感じだと、戸惑う青八木の手を導いて触らせたり、抱え込んで抜いてやったりしたのが俺だったもんだから、流れ的にさ、青八木が犠牲になるんじゃないかって思ったんだ。
 けどさ。
 痛そうなことができない。
 可哀想で。
 だって俺がこのまま押し切ったら、何も知らないような奴に痛いの我慢させて、俺が勝手に気持ち良くなるようなことが簡単に想像できる。それはちょっと、俺にもキツイことかなと思うと先には行かないほうが良いって結論になった。

「あのさあ、俺がお前にやるとして……、できる自信がねえんだ」
「嫌ってことか」
「違う、だってひどくね? お前ほとんど何も」
 知らなかったし、と言い訳の音量でそれ以上言えなくなった。
「……俺にするのは、ひどいのか?」
「だ、だってさ、痛かったり…とか、しそうじゃん……? 今まではそんな痛いことになるようなことしてないし、ここまでが限界かと思うんだよ」
 視線を感じる。こっちを見てる。自分の言い分にあまり自信が無いもんだから、ちょっと顔を確認しようと思って横を向いた。やっぱり、俺が弱ってるから少し困った顔してる。
「な、まだやめとこ?」
「ああ、俺も無理には言わない。純太ができることやしたいことの方が……、良いことだ」
 少し言葉を選んだけど、一応は納得したようだ。ほっとした。
 これ以上は無理だなんてまるで別れ話みたいで勇気が要る話だったから、分かってくれて安心したら大きな溜め息が出た。
 それを見て青八木が少し笑う。
 それほど困ってたならもっと色々言ってくれても良いと。



 互いに背中をシャツの上から探って、つっと指先を落とす。裾から生地を持ち上げてはまた撫で下ろす。きゅっと抱き合うのも慣れて、すぐにそこから口唇を求めて重ね、じゅっと音を立てるのだってほとんど気にならなくなった。荒くなる息遣いも、まだ胸に来て感激するけど、可愛いと思えるほどには余裕ができた。
 エロいことに慣れてきて、子供じゃない範囲にいる実感がするのにフラフラと、正常な立ち位置にいないことが刺激的だった。同性愛なんだって意識すると、何故か反発心がおこる。俺たち何か悪いことしたか、って。
 また相手が素直で視野が広くて、これに疑問を持たないもんだから、見ろ普通のことだろって思えてニヤリと、世間に対して当てつけるように苛立つ気持ちを性欲に加味していった。

 最初はそんなこと考えなかった。本当に良いのか何度も悩んで、口付けたい触れたい気持ちを青八木は本能で知ってるから、理屈抜きでそれを受けようと決め、しかしエスカレートする行為と同量に俺の世間への敵対心も大きくなって、それで性器に触れた。俺の場合は自然じゃなかった。青八木を好きと言うことが世間への反抗混じりになっていて、まっすぐ見つめるのは申し訳なかった。
 それでも気持ちを受け入れるのって真っ直ぐに対して返さないといけないから、内心少し追い詰められている。
 先に進むとひどいんじゃないかってのは本心だけど、少しの逃げでもあった。
 その臆病を、青八木はもしかしたら分かってるかもしれない。分かっていても我を通さずに待つのが青八木だから。そういう尊重を自然とやる男だから、かっこいい。
 抱き込んでしまっていいものか、ちょっと自分が情けなく感じるもんだから、その引け目もある。

 少しヤケになってぐっと強めに押し倒した。シャツの前が解けて、金髪が散らばって大きく開いた目が驚きの色を見せる。
「ちが、……いや、違うんだ」
 体を反して横に寝て、じっとしたまま窺ってくる目を暗い気持ちで眺める。背徳感、ってこれか。でも、これは青八木に対しての背徳感だ。
 ごまかすように首から髪に指を差し込んで寄せてキスした。動かなかった青八木も腕に手を添えてきて、片手はシャツの隙間から腹をまさぐっている。優しく触れるそれが快感を呼ぶよりも安心させようと撫でるだけに思えて、良い奴だなとまた一段と好きと感じる。

「まだ……、しないのか?」
「駄目」
 服の中ですっかり肌に触れて背中にまわり、両腕で抱きしめられた。強く抱きついて顎の下に頭が当たる。そこからくぐもった声が聞こえる。
「純太が、つらそうに見えるのは気のせいか?」
 やっぱり何か気付かれてるとは思った。けどはっきりと答えにくい。
「うん……、そうかもしれない」
「俺と付き合うの嫌とか」
「それはない」
 ちょっと溜め息をついた。考えてる時の癖が出てる。ふっと吐き出して目を閉じる。
 嫌だったらこんな風にはだけたまま抱き合ってない。首を抱いてはみ出した手のひらで頭を撫でる。金髪は少し傷んで細いけど、ツヤを維持するだけの丈夫さはあった。きれいな髪だな。滑らせて質感を楽しんでいると、青八木がそこで鎖骨に口を付けて吸った。その吸い方は跡がつくから駄目って言ってんのに。
「こら」
 撫でていた頭をポンと軽く叩く。
「純太、俺がするって言ったらどうなんだ?」
 頭を押さえたまま、完全に俺が停止した。
 考えたこともなかった。
「え……、お前がすんの?」
「嫌だったらいい」
「違う、嫌とかじゃねえよ。お前すぐそっちに行くんだな」
 言いながら気付いてた。そう言わせてるのは俺だ。変な感情混じえて抱いていたから、不安を与えてるかもしれない。落ち込みそう。
「今、言えねえよ……」
 だって考えたことなかったんだから。少し時間をくれ。

 青八木が胸に顔を埋めたままで話し始めた。
「俺はどっちでもいいんだ、痛いとか大丈夫だと思う。でも純太が躊躇するなら良くない」
「ああ……」
「躊躇だけならいいが、良い方法が分からなくてつらそうだと思って俺は、一応準備はしてた」
 準備。
「マジ、か……」
 ちょっと、準備と聞いて想像してしまいドキドキした。
「できるとは思う……。純太はどっちがいい?」

 すげえ。
 こんなに大事に想われても俺は迷うのか。だって今までやり方全部手ほどきして、そろそろ良いだろういただきます、なんて心境にはなれないんだ。
 じゃあ消去法? 俺がされればいいのか?
「俺が、教わるだけで済むと思ってるか?」
 違うだろという意味を込めて問われてる。こいつ、何もかも調べてきたって言ってるんだ。
 俺だって多少は、ちゃんとしなきゃいけない知識程度は詰め込んでるけど、青八木がここまで言うなら相当なことをしてそうだ。
「お前が、俺を?」
「嫌じゃないなら少しずつ。だって純太は俺に悪いとばかり思ってる。だからできないんだろう?」
 それなら俺が、と言う。

 ああ、いつもこうだ。俺が迷ってると青八木は何かを持ってくる。どこかから、俺の知らないところから、解決を導いてくる。しかもそれは大抵の場合、よく考えてあるから正しいんだよ。
 俺が考えてるよりもずっと良い解決を、青八木は提示できる。そういう信頼はあるが、これもなのか?
「それって……どう、するんだ?」
 つい知りたくなって訊いた。青八木が腕の中で身じろいで少しせり上がり、目線が合うところまで来た。横になったまま、俺は怠く肩に腕を掛けたまま、もう任せる気分で乗せている。
「怖い……?」
「うん、ちょっと」
「俺を信じてる?」
「わりと……、いや、でも」
「やっぱり怖い」
「そうだな……。っていうか、……どうやんの?」
 何故だか知りたくてたまらない。そりゃあそうだ。好きな奴が俺らのために、いやきっと青八木のことだから俺のためなんだ。俺に尽くそうとして、迷いがあるならその扉を開けようとしてこいつは様々に考えたんだろう。
 無策と言えるほどに俺は青八木を信用しているもんだから、もしかして何とかなるんじゃねえかって思ってしまっている。
「こうする」
 体を起こしたかと思ったら、俺の腕に触れたまま腹の上にまたがった。
「え」
 すうっと両腕を外側から撫でて、上から口付けた。口唇が触れる瞬間身をすくめてしまった。これだ、俺は悪くないって浮かんできたが、すぐに打ち消した。これなら俺は進めるのかもしれないって思える優しいキスだった。
 背徳を取り去って期待をくれる。
「次、は?」
「怖くないか?」
「……平気な気がしてきた」
 目の前の顔がほっと緩んだのが分かった。緊張させてた。
 与えてくれたと思ったけど初めて進む道は不安、だよな。だから俺も世間に対抗したのか。お互いのことなのに。
「ごめん、俺考えたこともなかったんだけど、お前ができるっていうんなら有りかも」
「やっぱりそうだった」と笑った。
「分かってたのか?」
 なんでやっぱりなんて。
「だって、いつも撫でると力が抜けてくから」
 自分で気付いてない癖を指摘されると恥ずかしい。
「そう、か……」
 なんだ、俺は、されたかったのか。急激に分かった。それで可笑しくて笑ってしまった。
「は、俺ってそうだったのか」
 黙って青八木も優しい笑顔で見つめてくる。
「純太のこと、可愛いと思ってた」
「なっ……、言われてねえし」
「悪いと思って言えなかった」
「お前も悪いと思ってたのか」
 一緒だと笑ってる。俺の迷いが解けたのも分かってか、安心した笑みですっと目を閉じて首筋に落としてきた。
 今まで俺がしなきゃいけないって気を張ってた。こうなってみると愛されてる感触はすごく良い。変に気を回して、空回りして、関係を断るようなことしか言えなくて……。
 こっちのほうがよっぽど前向きな解決だ。
 俺の力が抜けるって。本当だ、もう抜けきって舌が這う感触に吐息が漏れる。愛されてる実感ってすごい。青八木が俺を、可愛いと言って愛でる。考えたこともなかった。そんな自信は全く無かった。

 恥ずかしいけども、
「あ……、青八木?」
「ん?」
「好き」
 感触が与えられることに喜びがあるなら、こいつには言葉で返した方が良い。
 言ったら照れて目を背けた。でもすぐに戻して力を込めて。
「俺も、本当に純太が好きだ」
 やめろよ、だんだん恥ずかしさが増してきた。恥ずかしすぎて嫌になってきた。
「あの、きょう、ここまででいい……?」
 赤い顔を見て頷く青八木は、いつも以上に青八木だなあって思う。














 

20170217
書いておいて忘れてたんですが、ファイルの日付けは去年のイブです。