『好み』だらっと習作

 


 手を延べるとそこに愛しい人の頬がある。傷んでも柔らかく落ちてくる金髪は陽を透かして輝いている。きれいだ。元から丸みのある頬が可愛い目の青八木は、精悍、というほどまでは削げていなくても、締まった顔つきで大人っぽくなった。

 側にいるものだからそれほど変化を感じてはいなかったが、よくよく思い出せばかなり変わったもんだ。関係も、気を遣って構築した友人関係はとうにすぎて、今じゃこうすればすんなりと落ちてくる口唇。あの頃の姿と今の姿、全然違うなあと目を閉じた暗がりで比べた。

「なんか笑ってる」
「ん? 内緒」

 ベッドの上、別に情事をおっぱじめようだなんて思ってもいない。寝っ転がって胸の上に雑誌を立てて見ていたら、その向こうにあぐらでゲームしてた青八木がいて、そう、そのゲームしてんのは変わらないのに、目が合うと一時停止して首を傾げる。なにか?と訊く素振り。それには一応首を振るけど、青八木はその時々で近付いてきて、上から覗き込む。
 俺が誘ったんじゃねえぞ。青八木が、ちょっと構って欲しいと思って来るんだ。

「したいの?」
「いや、少しだけこう……」

 隣で脇の下に頭を突っ込んで、腹の上に腕を乗せられる。じゃあ、と肘から先で頭を探って軽くぽんぽんと撫で下ろす。妙にツヤツヤしてんな。

「トリートメントとかした?」
「した」
「おしゃれー」
「撫でるだけで分かるのか?」
「わかるわかる、つるんて」
「ヘア、マニュキアだったか、勧められた」
「ああ、それもツヤツヤになりそうだな」

 指で毛先をくるんとまとめようとしたら、直毛の反発にあってほどけた。

「こんだけしっかりした髪だと、マニキュアよりトリートメントかな……」
「硬いか……」
「うん、すげえまっすぐ」

 言ったら青八木が肘ついて少し起こして、雑誌に戻りかけていた俺の髪を一房掴んだ。比べるのやめて欲しいんだけどな。

「癖強いから」
「でも柔らかい」
「まあ、細いかもなー」
「なにかしてる?」
「いや、そんなには……」

 実は育毛なんたらでマッサージしてるとか言うの恥ずい。細いのが気になるんだよ。
 間近に顔があるので眺めてる。頬から顎にかけて、きれいなラインだな。でもまだ、柔らかそうと思ってつついた。

「ん?」
「ううん、なんもねーよ?」

 目をすごく見てくるから、ちょっとごまかし加減で笑って見せる。
 頬に手を当てられて、あったけえなあ、手が熱いのは眠いのか? 子供みたいだ、と温度に目を閉じると反対側に何度かキスされて、その気なのかなと目を開けた。
 また、じぃっと窺ってくる。

「なに?」
「したい?」
「そんなでもないけど……」
「やたら触ってくる時は、いつもそうだ」
「そうなのか……?」

 うん、と頷くそれは自信たっぷりで、確信ある時の顔。
 ああ、俺ってそういう癖があるのか。気付かなかったな。どっちでもいいんだけど、まあ少し、もっと近くてもいいかなって気分ではあるから、間違ってもないけど。

「めんどくさくない?」
「やめとこうか?」
「……いや、撫でてよ」
「どこを?」
「腹とか、じかに……」

 雑誌は既に頭の上の方に置いた。もう全身で構う気満々だし、構われる気もあるし。なるほど、やっぱりそうなんだなあって納得した。

「めちゃくちゃ、分かられてんだなあ……」
「純太も」
「えー?」
「俺のこと大体わかってる」

 そうだな。ちょっと構って欲しそうだってぐらいは。
 だってゲームの音でさ、本気でやってないなって、惰性で時間つぶししてるなあって思ったからどうしたのかと思って。
 あ、そうか。したかったんだ、こいつ。

「ごめん、今分かったわ」
「分かってなかったのか」

 ビビッと驚いて目をまんまるにしてるの可愛い。

「退屈そうなのはなんとなく──」
「うん、だからそれで……」
「したいわけじゃないって言ったくせに」
「一方的は悪いと思った」

 そっか、そういう奴だもんな。愛しさがこみ上げてきゅうっと抱き寄せた。

「可愛いから許す」
「……俺のせい?」
「さあ?」

 髪をすいて指通りの良いきれいな直毛は、トリートメントのせいかすぐにはらりと落ちる。足りねえな。もっと指の間で感じたい。もっと長いといいな。

「もうちょっと伸ばしてよ」
「髪?」
「さらさらして気持ち良い」
「うん……、俺も気持ち良い」

 サイドを掻きあげて覗いた耳を手のひらで包むと、目を閉じて手首に頬ずりしてきた。

「気に入ってくれると嬉しい」
「もしかしてトリートメント?」
「してよかった」

 可愛いな。
 こんな関係になっててもまだ、もっと喜ばせようとして、変わろうとして……。
 良いのかな、俺の好みになりたいっていうのは。

「あの、そのままでも十分……好き、だけど」
「分かってるけど、もっと好きになってもらわないと困る」
「困る?」
「俺から離れたくないって、なってもらいたい」

 背筋にきた。この強烈な独占欲。嫌われるのは怖いってどっかで思うからこそ、今のままの自分では満足できないんだ。俺好みになって、もっと好かれたいと言うのは、どうやったって嫌いにならない相手からじゃあ、幸福の音韻。あまりにも、心地良い音に溜め息が出る。

「くどき上手め」
「口説いたか?」
「自覚ねーのこえーな」

 もうこの先も絶対、こいつには敵わない。














 

20171214