『終業式』小ネタ習作

 


 蝉が鳴く。
 暑いなか、だらだらと坂を登っていると気が遠くなる。夜の練習と違ってただ歩いているだけなのに、熱が落ちて真っ白に光る道が辛い。

 もう、もうすぐだ。
 あと半月もない。
 そろそろインターバルを入れて直前に、また登る、そうしよう。
 しかし、暑い。



 目眩がしたと思ったら、まさかのブラックアウトした。



「朝ごはんは?」
「……食べました」
「昨日は何時に寝た?」
「0時ぐらい……」
「最近なにか体調がおかしかったとかは?」
「ない、です……多分」
 特におかしいことは無さそうだから日にやられたのね、帽子かぶりましょう。
 そう言ってベッドの側を教諭が離れた。
 日傘でもいいわよーと遠くで笑ってる。

 腹にかけた薄い布。布団とも言えない。一応綿が入ってるのか、タオルぐらいじゃねこんなん。
 前で組んでいた手をほどいて、横に大の字になるようにゆっくり広げた。保健室で横になるという、少しの解放感。今日は終業式だから、みんな午前で帰るし、昼は空いてる食堂で何食おうか。豚丼にしようか、スタミナにも回復にもいい。んで部活に出て帰って休む。たくさん食べなきゃ。
 やっぱそろそろ休みが必要だったんだな。緊張を強いてはピーク時にやらかしてしまう。だがしかし、どの程度休んでいいものか……、わからん。自己管理はしてるけど、こう暑いと。負荷をかけて体を慣らすべきか、避けて温存すべきか。倒れたんだから、まずは温存か。ギリギリまで上手く行かないんだなあ、俺は。いつでも迷う。

「失礼します」
「どうぞ」

 青八木の声だ。ちょっと起き上がると、仕切りカーテンの向こうから、影がベッドの足元に歩いてくるのが見えた。やっぱりこういう時来んのお前なんだなあ。
 カーテンの端から現れて、純太と呼ぶ。おう、と普通に返した後軽く詫びる。すまん。
「お前、終業式は?」
「要らない、大丈夫か?」
「今は何ともない、暑くて倒れたんだろう」
「病院、行っといた方がいい」
「そうだな、何かあったら困るから血液検査ぐらいはしとくよ」
 深刻な顔して頷く。心配しすぎ、ってそりゃそうかあ。目の前にインハイが迫ってんだからな。
「寝てろ」
 半身起こしてたのを下げろと示すように、手が肩を優しく押した。この手。
 ぼすっと枕に頭を落とす。軽く上げて髪を敷き直すように撫で下ろした。溜め息。

 青八木は優しいなあ。ずっとそうだったもんな。良い奴だよなあほんと。こいつ、この先絶対良いことしかないぞ。あやかっておこう。まずはインハイで勝てますように。
 手を合わせて横を向き、そこの丸椅子に座ってる青八木に向かって拝む。
「な、なんだ?」
「青八木さま、どうかよろしくお願いいたします」
「えっ、なに、え?」
「……お前いいやつだよなあ」
「突然、なんだ」
 わけが分からなくて戸惑ってる。おもしろい。
「いやあ、優しいじゃん?」
「別に、普通のことだ……」
 今、保健室に来たことを言ってるんだろう。違うんだ、それよりもっと総合的なことだ。
「どうやったらそんな人間になれんだ? すげえよ、お前は」
 まあ、こんなこと訊かれたって答えられるはずもない。だんだん恐縮していく様子も少し可笑しかった。
「根本的に人間ができてんだよ。すごい」
「そんなことはない、純太だってすごい」
「俺なんか、こんな風に大事な時に倒れたりしちまって……」
 冗談めかして上掛け抱きしめてゴロンと逆方向に転がったら、縮こまった背中に手が添えられた。あ、ガチだこれ。わりーことしちゃったな。
 撫でる手が大きく感じられる。親の手だな、大人の労るような認めるような慰める手。
 ああ、器が違う。
 昔ならそれで比較して落ち込んだけど、今はこれに支えられている誇りすら感じる。安心の材料だ。こんな良い奴が俺を支えて、大事にしてくれる。だから俺もすごい。きっと。依存度が高いって思うけど、確かなことを確認してるだけだ。頼りきってはいない。俺は俺のできることをする。そして力を貸してもらう。

 あ、今心配させたままだった。いけね。
「さんきゅー、別に落ち込んだりはしてない」
 けど、話し相手が欲しいから、そのままな。












 

20160808