『遠く』お互い自覚ない時点の話

 


 遠く離れるとどうなるかって一瞬思った。
 ほんの三年間、高校生活を共にした。長さで言えば東戸やシキバの方が長い。ただ友人って過ごした年月じゃなくて、どれほど近付いたかが問題だから、青八木、同調できるほどに近くなった奴と離れて過ごすことを考えた時に、全く想像ができなかった。
 いつまでも一緒じゃない、べったり過ごすのもあり得ない。そんなことは分かってる。家族だっていつか一人暮らしでもすればそこにいないものだし、ただし関係は切れないからどこかに安心を抱いて、また家族を作っていく。
 関係が切れない、友人同士それは保証されない。

 卒業を目前にして唐突に、失うことの不安を覚えた。
 こんなことはらしくはない。連絡を取り合っていればいつまでも繋がっているんだ。お互い先に進んでそれぞれの道を大事に辿らなけりゃいけない。その時々に会って飲み会をしたりして、大人ってそういうもんだろ。学生時代を懐かしんでは近況を聞いたりして、彼女ができたとか就職したとか、結婚したとか子供が生まれたとか、いろんなことを確認しあって頑張ってるなと安堵する……。

 本当にそうなるんだろうか。

 あいつが働いて結婚して、あ、子供と遊んでる様子は簡単に浮かぶな。そこに何故相手が浮かばないのか。正直マネージャーと付き合ってると言われたって不思議に思わないぐらいは、あいつら仲良いぞ。
 ごく自然でガツガツしてないから、青八木と女子が結びつかないんだろうな。
 どこか不思議なんだあいつは。生々しく激しく激昂するようなラストスパート。その熱と対称的に普段は無口。おとなしくゲームをしている。それを横で眺めたり、ちょっとやらせてもらったり、ゲームは全然分からないけど好きなんだなあって。
 音楽の好みも違ってて、青八木が聞いてるのが意外に激しい目の曲だったから、最初は驚いて借りたヘッドホン外してしまった。俺もアップテンポは好きだけど、もっとポップなしかも歌えるJ-POPだったから、ジャンルが全然違ってて分からなかった。それで妙に面白くなって、もっと色々違うところを探したくなった。

 何せ興味が尽きなかった。知れば知るほど、意外すぎてびっくりする。面白くて本当好きなんだけど、最近いつも青八木は遠く見通すような目をしている。その横顔に気付くと近寄ってはいけないと思ってしまう。
 なにか真面目に考えているんだろう、きっとあの頭の中では色々な言葉が渦巻いている。俺なんかじゃ辿りつけない巡った先の思考。



 帰ってきてすぐベッドに倒れ込んだまま、しばらく青八木のことを考えていた。
 最近ずっとこうなんだ。まるで先が見えない。進路も決まっていて卒業を待つばかり。今更何を勉強したって春からの行き先が変わるわけでもない。ちゃんと希望した道になっているから後悔はないし、それで暇になったからとめどなくこんなことばかり考える。
 起き上がってブレザーを脱いだ。これとももうすぐお別れか。ハンガーにかけて袖口をつまんで見る。少し擦り切れている。ギリギリもったな。破れてボロボロになってる奴もいて、お前それで卒業式出んのってからかってる。青八木のはきれいなもんだった。サイズが合ってるし、物を大事にする方だし……、まただ。
 青八木のことで頭がいっぱいなんだ。

 脱いだシャツを洗濯機に放り込んで、リビングのこたつに入った。テレビを点けて、何となく新聞を広げて、見出しだけさらってやっぱり大して興味ねえわ、今は。布団の中に潜り込む。
「青八木、はじめ……」
 面白いよなあ。入学初日から今まで、あまりにもくっついてたから付き合えばなんてからかわれたりもしたけど、逆にあり得ねえよ。そりゃたまに、時々、俺そっちの方なのかって考えたけど、近すぎると逆にそうならないなって思った。ましてやあいつだぞ。女子にも男子にも平等で分けへだてなく、俺だけ特別。親友だから。
 何に対しての優越感だか、笑いが漏れる。部活仲間としては古賀だって、あいつも懸命に失敗や故障の辛い所を乗り越えて、チームの為に色々考えて仲間として過ごしてきた。まあちょっと気恥ずかしさはある。勝手な勘違いで触れられなかった立場としては、悪いことしたなほんと。
 同じに過ごしてきたんだけどさ、さすがに青八木は特別だよ。なんていうか、頼られもすれば、頼りもする。最強に良い相棒関係だろ。それがな、遠くを見てるんだ。
 俺じゃなく。

 ハッと気付いてこたつ布団から起き上がった。
 俺、嫉妬してんのか。

 血の気が下がったのは急に温かいところから出たせいか、気付いたことの驚きのせいかは分からなかった。
 俺はもしかして、ガチで青八木のことを。
 理屈では合ってしまう。何か俺の知らないことを考えて遠くを見てる、俺を見ていないって思うなら、嫉妬だろうそれは。我ながら恥ずかしいぞ。未だ持ってる、合宿の時に強く呼んでくれたあれへの感謝は、まさか自分のもの扱いの感情だったのかと思うと、競技に対しても申し訳がたたない。
 神聖なレースに俺は何を持ち込んでんだ。いや、ちげえまだ決まってねえ。

 しばらく煩悶して、ちょっと落ち着こうととりあえずこたつの上の新聞を畳んだ。冗談じゃねえ、そんなはずあるか。逆にないわって思ったばっかじゃん。
 はあ、と大きく溜め息をついて天板に顎をのせた。ニュースやってんだなあ。テレビが語ることにも大して興味が出ない。これさあ、帰ってきて延々と青八木のこと考えて溜め息ついてるって、恋煩い……。第三者ならどう考えてもそうだ、って言うだろうなあ。
 でも当人からしたらアレだぞ。すぐそばでずっと仲良くしてた奴が急によそよそしい感じって、気になって当たり前じゃない?
 どこを見てるんだって一言訊けばいいんだ。
 明日。






「最近どこ見てんの」
「え?」
 急に振られて何の話だと見てくる。昨日つらつら考えたせいで、こんなささやかな視線さえ安心した。
「よく物思いにひたってるなあって思ってた」
「ああ、それはちょっとある」
「悩みごと?」
「いや、違う。……いちから思い返してた」
「はあ?」
「入学から、思い出せることを色々……」
 だんだん声が小さくなって恥ずかしそうに、変だなと呟いて苦笑してる。それが何だか温かい笑みだった。高校生活を振り返って、思いを強くして卒業に備えている。学生なのにどこか大人びて振り返っては微笑むような、そんな感じだった。ドラマであるだろう、そんなこともあったなと笑い合って一時沈黙後に微笑む感じ。
 青八木が少し大人になったんだ。俺が今現在で煩悶している間、青八木はその先に立っていて、過去を思い起こして整理しながら、将来を見つめていたんだ。
「変じゃない、ちょっとかっこいい」
「かっこいい、のか……?」
「なんか大人っぽい……」
 おとなっぽい、という言葉に青八木が、笑いをこらえるようにくっと吐き出した。
「白状する、純太のことを考えてた」
 うっと声が詰まる。
 昼休み、食堂の後の教室で、そんな真正面から掛けられる言葉なのかと咳払いしてから、胸に手を当てて大げさに息をついた。
「口説きに入ったか」
「ち、ちがうっ、そうじゃなくて」
「なに? 俺のこと好きって考えてたの?」
「違う」
「嫌いなのか」
「違う」
 笑い出した。
「色々思い出そうとしたんだ、でも純太とずっと一緒だった」
 あまりにも他の出来事が少ないから、だんだん変だなと思えてきたと笑ってる。
「そりゃあ、親友だからな」
「親友ってここまでなものなのか?」
 俺はそれに対してそんなには違和感はない。これも前歴の違いなんだろう、青八木とはつくづく違いがある。
「まあ、ほら、俺シキバとは本当毎日一緒だったし、そういうもんだと思ってたぜ?」
「そういうもんか、俺は初めてだこんなに……、良くしてもらえるのは」
「遠慮すんなよ」
 言ったら頬杖ついてふっと笑って机の上を見ている。

 俺が与えた、ってことか。三年間良くしてもらったと青八木は思っている。振り返って遠い目をしていたのはもしかして、この先ずっと良くしてもらえるかと俺のことを思い返していた、という可能性はないだろうか。
 少し残念だ。こいつはまだ嫉妬すら及ばない、原点の好きのところで止まっていて、より俺への思いを強くしている最中。そして俺は、ずっと自分のことを考えてもらっていたことに盛大に安心をして、やはりあれは恋煩いだったのだと。













 

20160904
すみません途中で気が抜けてしまいました。