『通信』付き合ってない社会人

 


 年々途切れていくそれは、自分の忙しさのせいでもあったが、たまにLINEを覗いては最後の一言を反芻した。何でもない激励で、また会おうという内容。青八木のことだからこれは社交辞令ではなく本心なんだ。ただ俺が時間がなかなか取れない、忙しさの隙間は休む日になっていて、もう油をさしたり磨いたりする程度にしか自転車の世界にも触れられていない。

 正念場ってある。仕事を始めて分かった。誰もが初心者でスタートを切る。覚悟はしていたけど最初は多少楽観的にその中である程度の位置を確保して、安定の場所からもう少し昇進に向けて任務を遂行する場所へと移ったら、とんでもなく目が回るほどに忙しくて、日常を維持するのがやっとだった。
 給料は悪くない。ほとんどを外食で過ごしても余るぐらいには稼いでいたし、たまに食材を買って調理で気晴らしだってできていた。円滑な仕事に必要なチームの飲み会だって一応の発散にはなっていたし、こうして忙しいことには安心すらあった。いくらか生活が保証されているものだから、ここから落ちることは無いだろうと。

 ふと覗くスマホの画面。そこにある言葉を遡っては、まだ間に合うとしばらく放置した。


 風呂上がりにビールを出してふた口程飲む。苦い味もこの時ばかりは美味い。いつも半分までで残して捨てる。もったいないという意識すらもう無かった。摂食は必ず全てを得るのではなく、満足をすればそれで良いんだと残す罪悪感もない。
 ソファに移るとそこらに放り出していたスマホが鳴った。メールだ。仕事関係でしか使っていないので、この遅い時間に通知音が鳴るのは不思議だった。手に取って確認すると、送り主は青八木。何かあったのかと慌てて開くと、少し長めの文が目に入った。

『久し振り。なかなか会えないでいるが元気だと嬉しい。近々時間は取れないだろうか? あまりに長いこと顔を見てないので久々に会いたいと思った』

 LINEでは本当に一言ずつだから、こうしてまとめて新しい文面を目にすると感激が湧いてきた。短い一言を遡っては胸に刻んで励みにしていたものだから、『元気だと嬉しい』という普通の言葉すら涙腺を刺激した。
 メールにしたのは、少し改まっての形なんだと思う。
 元気か?じゃなくて控え目に、元気だと嬉しい。
 久々に会いたいと思ったって、感想文かよ。
 レース中は多少強い語気も、普段はおとなしいままだ。懐かしいと思ったことを内心で謝った。

 しかし、これに返信するのはちょっと難しい。今が正念場と、もう二年ほどそうして暮らしてる。生活のペースがそれに合わせてあるから隙間を見つけられない。一時間ぐらいしか。何年か越しに会うのに一時間ってどうだろうか。悪いと思ったら、ちょっと腰が引けた。
 年数の分だけ行動に移せないこれは、なんだろうか。
 何となく、予想ができるんだ。
 なかなか時間取れないから無理かもしれない。こう返せば少しでも良いとあいつは一瞬考える。でも、少しでもなんて言い出せない、まるで縋るようでいけないと青八木はその言葉を飲んで、じゃあまたいつかと返すんだろう。そうしたら俺はその、いつかはいつだろうかって眺める励みにしてしまう。

 LINEを開いて、そこにまた会おうって言ってる言葉の次に“ごめんな”と打ちかけて涙が出てきた。感傷的になってるなあって思うけど、俺ひどいな。ただ親友がたまには会いたいって言うそれだけなのに、俺の都合で時間もたっぷり用意してやれなくて、ごめんだなんてひでえ……。
 泣いてるのを拭いながら、打ち込んだ。
『ごめん、一時間ぐらいしかないけど、どうだろ?』
 やっぱり会いたい。

 大学に入ってから毎日そばに居ないことにしばらく慣れなかった。だからよく会ってたし、気軽にメッセージも送ってた。ちょっと頼りすぎだなってサークル活動や勉強や、寂しさから逃れるために色んなことを始めてからだんだんと、メッセージを交わす回数が減っていった。
 就活の時期はさすがに、どこ行くんだなんてちょくちょくやり取りもしたが、お互い行き先が決定した時に祝勝会として居酒屋で会ったそれ以来、本当に会っていない。

 もう大人なんだからそれぞれの道を行くんだと思い込んで、月に一度だったのが二ヶ月三ヶ月と間隔を伸ばして、まるで離れていく宇宙ロケット。そんな映画あったっけなアニメの。見たことはないけど切ないアニメ映画なんだって話を聞いたことがあった。
 遠くなっていくから通信の間隔が開いていってしまうって。
 地上に居たってそうなる。
 今は半年に一度。

 大人なんて、大人だって寂しいわ。何を気張って平気な振りしてたんだか。スマホの画面を覗いては期待する新しいメッセージ、あいつの過去の言葉で安心したり、勝手なもんだ。
 改まってメールで来るんだから、あっちだって寂しいってことなんだよ。それがあまりに控え目に書いてあるもんだから、半年に一度の距離から考えたら普通は社交辞令に見えるだろう内容も、青八木なんだから、本気なんだ。

 手の中で震えるスマホがメッセージを表示する。
『日時言ってくれたら合わす』
 久々の約束だな、おい。こっちはボロ泣きだわ。いろんなこと思い出したじゃねえか。部活の。
 大きく息を吐いてそれに返信した。日付けと時間、場所も指定して『約束な』と付け加えた。

 ロケットは地上にある。





青八木









 

20170218
交流が途切れた掲示板を見て思いました。
映画は『ほしのこえ』ですが見たことがありませんので手嶋の言うぐらいのことしか知りません。
多分坂道から聞いたんじゃないかな、とか。見そうにないジャンルの気はするけど。